一一 足洗川の橋地蔵

 昔富山市の太田口町が太田の保に出る町端で、里人など町へ入ると蓮照寺というお寺の前を流れる小川にて足を洗いましたので誰いうことなく足洗川といいました。
 その頃この川のほとりに悪い狐や狸がしばしば出て、人をだまし持つている魚などいろいろな食物をすり取つたりしたので、難儀したものが多くありました。
 一休和尚が越中蜷川庄最勝寺に巡錫の折、そのことを聞いて、板石に地蔵を刻み、橋として行き来の人々に踏ませられましたので漸くその事が止みました。
 かようの伝説を生んだ橋地蔵は富山市が南へ南へと拡がると共に町も南に進み、今は西中野町と小泉町の境界地の東側小川の上の小地蔵堂の橋板となつて通る人々に踏まれています。
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