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七 立山の開山

 立山は早くから富士や白山と共に日本三霊山と世に崇められています。しかし本邦諸高山の群がる大山脈、所謂日本アルプス中に於て雄大なる銀雪が殆んど一万尺の峰頭に立つて霊験あらたかな雄山神社を拝み、高山大嶽の大観を視界に収める、古来この大自然境を背景として幾多の伝説が、谷々をつたう渓流と共にそこここにながれています。
 今から千二百年余り前、文武天皇の御世大宝元年のことでありました。我等の郷土越中の国へ佐伯有若卿を遺して国を治めさせられました。有若卿が越中に下り、今の下新川郡布施(ふせ)の犬山という所に舘を構えて役所を開かれました。
 有若卿は日頃からだの羽毛が純白な、見るも神々しい一羽の鷹を飼つておられました。このような鷹は国にめでたいことのある時にあらわれるものでまことに得がたい鳥だといつて非常に大事にして育てておられました。
 有若卿には有頼といつて今歳十六になる一人の若者がありました。年齢(とし)に似合わない体格の立派な、人並勝れた力を持ち、ことに矢を射ることが名人で、いつも勇ましい遊びばかりしておられました。ある日のこと一人の召使をつれて野良に出て、鷹狩りしようとお父さんのお飼いになる白鷹を早速お願いして借り出し、小躍りして出掛けられました。
 有頼卿は向うの大きな松の枝に丁度(ちょうど)よい獲物を見つけられたので天の与えと喜び、すぐ狩りを始めようとおもつて、鷹を放なされました。鷹はどうしたものか、獲物を捕つて戻ろうとはせず、そのまま大空高く飛び去つてしまいました。さあ困りました、おとう様の大事な鷹を飛ばしては大変だと、真蒼になつて舘に帰り
『おとう様白羽の鷹は鳥を捕らずにどこかへ飛んでいつてしまいました。まことに申訳ございません、どうぞお許し下さいませ』
有若卿は世にも珍しく目出度い白鷹を放つてしまつたので、口惜しくもあり腹も立つ
『あのようなめでたい白羽の鷹は二度と捕えること出来ないから、よく気をつけよと、あれほどお前にいうて置いたではないか、それに野良へ出るか出ない中にもう放つてしまつたとは、それはまたどうした訳だ、いけないいけない許されません、お前はあの鷹を捕えてかえらぬ中は舘に入ることはなりません』
と厳しく𠮟られました。
 有頼卿は誠に申訳のないことをした、おとうさんがこの様にお叱りなさるのは、並大抵のことでない。万一自分の過ちのためにお気分が悪くなり、お勤めの上にさわるようなことがあつては大変であると、孝行な親思いの卿は気を取り直し逃げて行つたものなら取り返えされないことはあるまい、これから出掛けて、是非ともあの白羽の鷹を捕えてかえろう。
『おとうさま、それでは、私はこれから白羽の鷹をさがしに参ります。屹度(きっと)捕えて戻りますから、どうぞ暫くの間お暇を下さいませ』
と父上に申し上げて、早速旅支度をととのえ、鷹を尋ねに舘を立ち出でられました。
 有頼卿は鷹狩した野良から白鷹の飛び去つた方を指して、野といわず林といわず、一途に捜し行き、風が吹こうと雨が降ろうと、夜を目についで一生懸命探し回られましたが、さらに見当りません。
 そうこうしている中に、つい森の中で道を踏み迷ひ方角が分りません。途方に暮れていますと、不意に向うの木蔭から現われたのは、銀の針金のような長い鬚(ひげ)の生えた気高い老人で、ギラギラした眼で有頼を睨(にら)みました。
『コラツ!若者その方は誰だ、何用あつてこの森に入り込んだか』
有頼卿『はい私は佐伯有頼と申します、この度父上の大切に飼つていられる白羽の鷹を放しましたので、実はそれを探しに参つたのでございます』
老人は次第にやさしい顔になり
『白羽の鷹を――』
有頼卿『ハイそれは全身が真白な珍しい鷹でございますから遠目で見てもすぐわかります』
老人『あれか、あの白羽の鷹なら知つている知つている』
有頼卿『あなたは御覧になりましたか』
老人『アアその白羽の鷹ならば、この方角辰巳(たつみ)(東南)をさして尋ねてごらん、屹度(きっと)つかまるにちがいない、善い心掛けの若者じや早く行くがよい』
有頼卿『はい御親切有難うございました』
有頼卿は老人に路をおそわり、喜び勇んで進みました。森を離れますと、向こうの谿(たに)の上をフワリフワリと飛んでいる白い鳥があります。胸躍らせて見ます中に、その鳥は崖の上の樹に舞い下りました。じつと見ますに放れた白羽の鷹でしたから、いたいたと心に叫びましたが、おちついて静に腰なる呼子笛を細いやさしい鈴をふるような音で吹きました。すると白鷹は、有頼の方を見ていましたが、忽ち風を切つて飛びおり有頼卿がさしだされた拳の上に、フウワリと止まりました。
『オオ鷹々よく帰つて呉れた、お前が逃げたというので、おとうさんはどんなに御心配遊ばしたか知れない、さあ直ぐ舘に戻ろう』
と、大喜びで羽毛を撫でたり、抱いたり申されますと、鷹も嬉しそうに毛づくろいをしたり頸をかしげたり致します。
『ではすぐに戻ろう』
と二足三足歩みます中に、かたわらの叢からガサガサ音がして不意にあらわれたのは一匹の大きい熊で有頼を目がけて爪を鳴らして襲いかかろうといたしますから、鷹はびつくりしてサツと空へ飛び立ちました。
『コラ無礼者ツ!』
と持つている大弓に矢を番(つが)えて、その熊の胸元目がけて射つけられました。狙い外れず月の輪にグサと刺しとおりますと、さすがの猛(た)け猛けしい熊もタジタジとなりましたが、つづいて矢を番えるのを見あわてて逃げ出した。有頼卿は熊を追払うとホツと一息、それにしてもこの騒ぎに白鷹はどこへ飛んでいつたろうと、あたりを見回しましたが、すでに遠くへ逃げたと見えてさらに姿が見えません。
『くやしいくやしい又しても逃がしてしまつた、おのれ、につくき熊奴(め)が』
と、もう夢中になつてそのまま熊の痕(あと)を追いかけました、山に棲み馴れている熊のこと、なかなか肢(あし)が早くとうとう叢に姿をかくしてしまいました。
『困つた困つた』
と、ふと足元を俯(うつむ)きますと、熊の垂れ血がこぼれています、ポタリポタリと草を赤く染めて・・・・・・。
『そうだこの血をたどつて行つたら、熊の逃げ場をつきとめることが出来よう』
と、これからこぼれ血をたどつて、だんだん山奥へ進まれました、進みに進んで渓川の畔に出ました、見ると逃げた熊はこの谿(たに)川を渉つて、向岸から森に入つた痕を認めました。しかし、水が深くして瀬が早く、大きい滝のような流れで渉ることが出来ません、どうしたものだろうと、もじもじしていますと、忽ちあたりがキラキラとして黄金色の毛皮をした一匹の猪が有頼卿の前に出て来ました。
『一難去つて、また一厄が来たのか』
と、弓を取り直して構えますと、猪は前の熊とうつてかわつて、いかにも馴(なれ)々れしく静かに有頼卿に背を見せまして
『さアお乗りなさい、川は私がお渡し致しましよう』
といいそうにいたしますから、有頼卿は
『いやこれは悪かつた、それでは遠慮なく乗りますよ』
と、ヒラリとその背に乗りますと、猪は何の苦もなく川をわたり向う岸に有頼卿を下したと見ると、そのまま有頼卿がまだお礼もいわれない中に、フイと姿を隠しました。
 熊の垂れ血は次第に険しい坂にかかつています。有頼卿は熊をつきとめるまでは、どんなひどい坂や崖でも引返さないと、さらに勇み進んでまいります中に、今まで一点の雲もなかつた空が、俄かに墨を流したように曇つて稲光がする雷がなる、ザアツとばかり、岩石も崩すようなひどい夕立となりました。
『これは大変こんな雨では、切角ここまで辿つて来た熊の血も流れてしまう』
と、気を揉(も)んで進みます中に、一寸先きも見えなくなりました。さすが強い卿も途方にくれて立つておられますと、闇の中に飛び回る奇妙な獣がしきりと有頼卿の行手を邪魔しそうに見えますから、矢庭に腰の刀を抜いで突きさされますと、その獣はキヤツと一声叫んで姿をかくしてしまいました。すると不思議に獣の姿が消え、同時に夕立もからりと霽(は)れてあかるくなりました。益々勇みに勇んでまたもや熊のあとを追われました。かくして一日熊の後を追うて次第に山に登りやがて岩屋の入口に寄つて、そつと奥の様子を窺いますと、闇の中からパツと眼(まなこ)眩(くら)む光、驚いてよく見れば、熊と思いの外仏が三体、それも胸に矢傷を受けながらにこにこと、お立ちになつておられました。余り意外なのに暫し言葉も出ません、暫く跪(ひざまづ)いて
『今まで熊と思つて追いかけたのは、仏様でございましたか』
と申しますと
『そうだそうだ鷹となり熊と姿をかえたのも、その方をここまで導こうためであつた。有頼其方(そのほう)は、世々の人々のために、この霊山を開いて、誰にでも山に登られる様にして呉れよ』
という仏の言葉がありましたので、卿は大いによろこび、すぐお受けして、山を下られました、舘にかえりおとうさんに一ぶ始終を物語られました。有若卿
『それは感心感心、白羽の鷹を取り返えそうとて、よくもそこまで突き止めてくれた、その強いお前の精神を、仏様も御覧下されて、さてこそそのようなお言付(ことづけ)もあつたのであろう。この後一層修行をつんで仏様のお言葉の通り立派に山を開いて貰いたい』
と、話されたので、有頼卿は遂に仏様のお言葉通り、山の上まで道を開き人々が沢山登山して参詣するようにされました。これが立山を開かれたいわれのお話、今から二百十余年前、浪花今の大阪市の寺島良安という人が倭漢三才図会(わかんさんさいずえ)を著したのが根本となつていろいろの古い書物に拡げられ、世に知れ渡つたものであります。
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