スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

八 立山の蟻王殿(ぎおうでん)

 越中立山の麓に昔一人の樵(きこり)がおり、薪を背負うて市中に出て商ひ渡世をしていました。ある日のこと、この山に登つて遥かに谷間を見渡しますと、その谷が旭日に輝き土も石も一面に黄金色を彩つて美しい事譬(たと)えようなく、また竹が生え茂つてまわり二尺あまりのものもかず多く、いと不思議に思い谷に下りて見ますと、山の上で見たと少しも違わず黄金の世界、いよいよ不審に思つて、あたりを見ると、その谷は広々として果もなく、山のふところに細道を認めました。この道を辿つて四五町歩むと広い高原に出ました。真向いに立派な御殿が甍(いらか)を連ね空高く聳えています。大きな黒金(くろがね)の門前に来て仰ぎ見ると、門の上に蟻王殿と筆太く染められた大額が掲げられ、その金文字が輝き黄金の光に照りわたり、門内には殿閣が建ち並んで異香四方に香り、現世の極楽世界かはた仙界もかくあろうかと魂は天外に飛び、暫しぼうとしてそこにたたずんでいました。
 かかるところに門の内より衣冠束帯の粧(よそお)い正しい人が、沓(くつ)を履(は)き手には羽扇を持ち樵を招いて、
『もしもし、あなたがここにお出になることを大王はお知りで、急ぎ案内するよう仰せをうけてお迎えに罷(まかり)出ました。何卒一緒(よし)においで下さい』
杣人は恐れて辞退しました。
『恐れることは少しもありません、私に随つて下さい』
と手を執る、樵引かれて御殿に登れば、大王出迎え互に挨拶をする。大王は
『私はあなたに先年大恩をうけたことがあり、一門けんぞくに至るまで御蔭にて身命を繋いでいます、この恩返しをしようと思いつつ延(のび)々になつて申訳ありません』
と山海の珍味を出して酒宴を開きもてなしました。時に奥の間より一人の女中が大王の前にかしこまり
『稀人(まれびと)の御入来の由、お逢い致したいからおいで下さい』
と申し上げる。大王樵に向い
『妻も御目にかかりたいと申し越しました、さあどうぞ』
樵は大王に伴われ廊下伝いにその部屋に行きますと、綺麗なこと言葉に演(の)べ難く、庭の怪巌奇石の配置よく、泉水の流れは清く所々茶亭が建ち並び、向うから侍女が出迎え大王と共に座ると、后と見えて玉の冠を頂き、その粧い金と玉とで飾り燃え立つ緋(ひ)の袴(はかま)を着け、あまたの侍女にかしづかれ、樵にむかい
『ようこそおいで下された、大恩をうけたことまことに辱(かたじけな)く御礼を申したく存じます』
侍女に申し付け管弦を催す。いずれも音曲の妙技を発揮して、琴をひき歌をうたい、見慣れぬことの面白さ、日の暮れるのも明けるのも知らず、遊興終ると侍女が広蓋に衣類を持ち来て、この衣類を召し替えたまえと杣人の着物を着替えさせ、更に冠を頂かせると高官の姿と打つて変わつた。樵心に思うよう
『私は賤しい身分でこんな盛装をし、毎日の楽みに逢うこと只ごとではありません、その上、大王も后も恩を着るとの言葉、自分には少しも覚えがない、一体ここはどんなところということも弁えず誠に不思議千万です』
そのとき、後に声があつて
『君の御恩は海山に比ぶべく、報いても報いがたい、我が領地の国中を一目にお見せしましよう』
大王に申し上げ杣人を慰め高楼に登ろうといいました。大王は聞いて一興あろうと、后諸共樵を伴い楼に登ると眼下に民のかまど賑わしく所々に煙立ち上り、遠山の雲を棚引かせた堂塔仏閣その他四方の風光が実によく見える。そこでも酒を侑(すす)め、珍物の魚かず多く、侍女の酌で数盃をかたむけ、大王や后と共に酔に臥して暫しまどろんだが、時を告げる鞺鞳の太鼓の音に皆々目覚め、高楼から下りて元の御殿に帰りました。
 樵は久しくここにいまして故郷を忘れていましたが、俄かに帰心が起り、大王にむかい
『ここに来て久しくお世話になりました、妻子も待つていましようからお暇致しましょう』
という、大王も后もいま暫し止まり下さいと進めたが、是非帰りたいと申すので今は止めがたく、大王は
『そもそも私は人間でなく蟻の王であります、私がある年、国中飢饉で難儀の折柄、君は谷に一箇の梨を捨てられた、私はこれを拾い国中数多の飢えを救い助けました。君はこれを知られなくても、今ここに来て下さつたので御恩にお報いします』
と、金盃に金を沢山積みあまたの巻物を添え持ち帰り下さいと差出し、大王と后は御殿を下り別れを惜んで見送り、また数多の召仕の者に元来た谷まで送らせました。
 樵は暇乞いして黄金巻物をかついでかの谷よりはい上り、我が家をさして帰つたが妻も子も既に亡くなって、今は孫の世と変わり、十日、二十日と思つていたのがつい五十年の春秋を送つてかえつたと伝えます。
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。